12月に入って、超久しぶりにブログを更新する事にしました。

もうすぐ今年が終わると言う所で、ブログを復活する事にしました。 かなり長めのブランクがありました。

本当はPCから丸っきり離れていた訳ではなかったのです。でも何か自分の目の前の事象に振り回されて、まるでドラム式洗濯機に突っ込まれた衣類のようなグチャグチャにかき回される気分で過ごす事が多々あり・・・。

何度も 「もうこの辺で終わらせてもいいかも?」と考えてもいたんですねえ。結構知人のブログも2011年から動いていないのもあるし。

しかし、「どうしても今の自分の置かれている現状を誰かに伝えたい!」という気持ちが日毎に増してきました。

きっかけは【石原慎太郎が都知事を辞めて、それからあれからどうなって・・・】のニュースを聞いて、「全部中途半端に投げ出しやがって!それをなんでかんでも他者の責任に擦り変えやがって!」と頭に血が上ったのが始まりですかね。

まあ、その件は後々にして、ブランクの間の主な出来事はといいますと・・・。

オットの父(舅)は、6月20日のオットの会社の夏のボーナス日に亡くなりました。

ですから、これから夏のボーナスが出る度に「ああ、ジイチャンの命日だ。」となる訳です。(ナンだかねえ)

オーストラリアに移住した義兄一家は、義兄のみが生前去年の秋(精密検査を受けて告知された頃)と(3月の頃)と(葬式の時)に帰ってきました。

つまりは、ジイチャンの入院中の世話はウチラ(オットとワタシ)だけで乗り越えざるをえなかった訳で、義母の最期の時もなす術も無くただ見守っているのが辛かったのですが、この時も同じ位辛かった・・・。

3月に(もうこれは・・・)となったのですが、その後(義兄が帰国した時)に一時的に良くはなりました。

しかし、良好だったのはほんのひと月ちょっと程度で、その後はほぼ毎日見舞いに行ってドアを開けるのが辛い日々でした。骨髄異形症候群から慢性白血病に移行してしまった身体は、毎日発熱のアップダウンの繰り返しで、輸血をドンドンしても段々効果がなくなり、管を何回も通される腕は最後はパンパンに腫れて真っ赤になりアザになり・・・。

そのつかの間の良好状態は、ワタシの妄想だと(神様が与えてくれた父と息子の最後の心の対話タイム)の筈だったのですが、ジイチャン肝心な事は息子であるオットには殆ど言わず、ワタシに話しておりました。

何度「この話を聞くのはワタシじゃない!」と思ったでしょう。特にオットの幼少時に亡くなった実母の思い出は父と息子でシェアするべきだったはずです・・・。「ワタシじゃダメなんだよ!」と何度言いたかったか・・・。

本人は身体が弱っても(大好きなコーヒー)を欲しがり、フカフカのタオルを要求し、寝巻きも結構好みがうるさかったので、なるべくそのリクエストに応えようと努力しました。

しかし、本当に望むもの=健康な身体は無理で、明晰だった意識も段々混濁してきて「いくら輸血を繰り返しても効果ないじゃないか!」とワタシは嘆き、オットに「ホスピスに入れようよ。そうすれば毎日美味しいコーヒーをあげられるし、本人だって苛立たないだろう。」と薦めましたが、「ホスピスは一日3万もかかる。そんなお金ない。」と却下されて、

・・・・結局前日輸血したにもかかわらず、次の日突然心臓停止でオットもワタシも死に目に間に合いませんでした。

画像
                            ベランダで咲く菊の花

つい最近ジイチャンの遺産の明細がでたのですが、思わず「これ位あったなら、ホスピスに入れたじゃないか!!」と怒りが湧きましたが、更に考えるに「これだけあったのなら、義母の時も穏やかに看取れたよなあ。でもジイチャンがなあ、あの時そういう選択をしてしまったからなあ・・・。因果は巡るという事か・・・。」とため息がでました。

83歳で亡くなったジイチャン。

子供の頃はセレブな生活をしていたけど、父親が事業に失敗して貧乏になったりして少し屈折した心を持ってしまい、戦後GHQで少し仕事をし、それ以降アメリカかぶれだったジイチャン。 

一度は企業に入って会社員をしたが、その後独立して起業はしてもアップダウンの激しい人生を送って、

最後まで気難しい議論を嫁(ワタシ)にしていたジイチャン。

「○○(初孫のワタシの息子)は、本当はいい子だよ。」と最後までかばっていましたが、・・・がねえ、

ワタシのASD(自閉症スペクトラム)息子はあなたの死に特別嘆き悲しみませんでしたがな。

ワタシも号泣はできなかったです。泣く気力(エネルギー)も無かったと。

今は、何かを見るとふとあなたの思い出が胸をよぎる日々を過ごしています。

そして、実家の親には「必ずエンディングノートを書いておけ!」と念を押しておきました。あなたがその件についてほったらかしにしていたから、あなたのあんな虚ろな目と腫れあがった腕を見る事になってしまったからです。

終活って大事ですなと、考える47歳の嫁。

入院していた墨田区の病院の部屋から東京スカイツリーが見えていました。『東京スカイツリー ジイチャンと嫁と時々息子』とバカな妄想をしてました。

両国駅に降りるとお相撲さんが時々現れ、横を通り過ぎると丁髷から甘い香りがしました。(鬢付け油)

あなたがいなくなっても、両国駅周辺は同じ景色なんでしょうねえ・・・。

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