小山田圭吾の問題を、同じ50代として勝手に考察する①

前のブログでVAN HALENのCDジャケットを最初見た時、他人の暴力行為を指さして嘲笑っている光景に見えて個人的に不快な思いをしたのだが、その絵の作者の事を調べてみたらこういうのが出て来た。
※ジャケットは、カナダの画家【ウィリアム・クレアック】が1953年に病院で描いた作品「The Maze」の一部をコラージュしたもの。(ウイキペディア参照)

好奇心からその画家の事を調べてみたら、こういうのが出て来た。
「なんじゃ?この題名の絵本は?全然印象が180度変わるもんだなあ~。」

別の方向から【見たい対象】を見ると(あ~そうなんだ)と思う事もあるなと考え、ホントはもう小山田圭吾なるミュージシャンの事など突っつきたくないのだが、今一度スパスパと私的分析して、自分の頭の中を整理したい。

小山田圭吾はワタシより4歳年下だからほぼ同年代な訳だが、ワタシが通っていた公立小学校に確かに知的障碍の児童と一緒の教室だったと記憶している。その時は誰もその子にちょっかいを出していなかったと憶えている。
その後居住していた市が区画整理したので別の公立小にワタシは移ったのだが、そこに(イジメ)はあったが、が!その時は担任がクラス全員に作文を書かせて(どういうイジメがあったか)(あなたはどうしたのか?)と厳しく追及したのも憶えている。

中学校から高校まで私立の女子校に通っていたのだが、国籍や肌の色が違うからとかで差別は無かったし、・・・閉塞感は痛感していたな。
でも(親が高い金だしてワタシはこの学校に通っている)と自覚していたから、鬱屈した思いを抱えて通っていた。親の監視する目も怖かった。

ホント、中学~高校までは(狭い世界)だったよな~。部活をしようが、同好会で活動していても正直息苦しかった。高校の時ひと夏(英国短期留学)を経験した時に余りの解放感にビックリしたよな~。

だから現在、同窓会/同期会の案内が来ても全然出席していない。そもそも(障害のある子ども)を持ってしまったから、普通の一般家庭とは違ってしまったので【普通の子育てをしている同期生とかと話しても、何一つ話しかみ合わないよな】と、すぐ感知したので今現在は年賀状しか繋がりがない。

※実際若かりし頃、高校同期の子に子育ての相談を(って”保育園ってどんな所?”と質問したかっただけなのだが)その時「長男にちょっと障害があって・・・。」と口が滑ったら、「自閉症の子が同じ保育園にいるけどすごく面倒ばかり起こして・・。」とマシンガントークされて、あれは当時傷ついたな。

話しを軌道修正しよう。

今の50代が子供の頃は今より【発達障害・知的障害・・・/色々名前があるけど羅列すると長くなるから端折る】についての情報は、現在よりすごく少なかった。そして当時の親は(それでも、障害のある自分の子をどうにか一人前にしないと)と藁にもすがる思いで子育てしていたと思う。

ワタシもそうだったが【我が子を温かく受け入れてくれる場所】を必死に探していた親もいた筈なんだ。(②に続く)

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